Memorandum

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心に響いた言葉メモ

My photography, in the end, didn’t do enough. It didn’t save Cookie. But over time, my photographs, and other photography about people with AIDS, has helped. It has definitely given a more human face to statistics. We need to keep putting images out there. But not ones that are digitally manipulated like almost everyone is doing now. In two years, there’ll be no more Cibachrome, supposedly. I hate digital images. We need to have reality instead of this believable-fiction crap that’s become so popular. Nan Goldin on Cookie Mueller


虎舞竜なら13章かかるところも、俺なら2小節だから。押尾学


「いろいろ考えてはいるんですけどね」と言い訳する人には、その「いろいろ考えたものを見せてくれ」と頼む。ところが、たいていは、せいぜいあっても1つしか案がない。1つの案しかないのに「いろいろ」なんて言うなよ、と思う。1つでは選べない。これでは何を考えていたのか、問いたくなる。


「考える」という言葉を非常に安易に使っている人が多いと思う。学生に「考えてきたか?」と尋ねると、「考えましたが、ちょっと良い案を思いつかなくて」と言う。「じゃあ、悪い案を幾つか見せなさい」と言うと、きょとんとした顔で、「いえ、悪い案も思いついていません」と言う。「考えましたが、まだ、ちょっとまとまらなくて」と言うから、「では、まとまらないものを見せて下さい」と言っても、たいてい見せてもらえない。
 こういうのは、僕の場合「考えた」とはいわないのである。


no rain, no rainbows


いわゆる「創作」から創意が抜け落ちると、只の「制作」となる。「創作」と「制作」は紙一重で、どんなにお膳立てが良くても、作る人間の構えひとつで「創作」は「制作」化してしまう。逆にどんなにしょうもない仕事に囲まれていても、その中に取り組む価値のある「創作」を見出すことは出来る。



最近のデザインには、
環境と使いやすさとビジネス
という逃げ場所ができてしまっている。
デザイナーが大人になりすぎて、
いい人になりすぎているんじゃないか。
ちょっと前には、使いにくくても、読みにくくても
ワクワクするようなデザインって
もっと多かった気がする。
ワガママで主張のあるデザインがあった気がする。



ポスターの真ん中にバラが一個ぽんとあるとその意味について考えてしまうけど、単なる模様にしてしまえば、意味から開放されて、見たままを楽しんでもらえるんじゃあないかと。